バーテンダー

10年ぐらい前に、専門商社のサラリーマンからバーテンダーにキャリアチェンジした友人がいる。

彼曰く、バーテンダーというのはものすごくモテるのだそうだ。
仕事に適性があったのか、数年後に彼は自分のバーを出した。隠れ家じみたそのお店はとても彼らしい空間に仕上がっている。

数年ぶりに顔を出してみた。
「モテ過ぎて結婚しないの?」とカウンター越しに聞いたら、「いや、そうじゃなくて、単純に続かないんだよ。向こうから攻めてきた割には、付き合い始めると振られるんだな、これが」と苦笑いする。

モテると言っても、女性にだらしないタイプでもないのにな…、夜が仕事の時間だから時間帯を合わせるのが難しいのかしら?
などと、考えながら、彼の作ってくれた丸い大きな氷のバーボンのロックを静かに舐めていた。

専門商社時代はモテるというタイプではなかったけれど、清潔感があって普通に感じの良い男性だと女性社員には位置づけられていたように思う。
確か、関西の名門大学を出ていて、その会社の中では学歴としてはかなり高い方だったと記憶しているが、財閥系のその会社でもっとも有利のなのは、学歴よりも仕事の出来よりもコネ‥みたいな、今の時代にはちょっと信じられないような会社だったし、そもそも異業種からの中途入社だったから、あまり先が明るいポジションではなかったなぁ‥とあれこれ思い出す。ビジネスマン集団というよりサラリーマン集団という会社だった。

カウンター越しの彼に、その時代の雰囲気はなくて、自分の好きな空間で好きな音楽を聞きながらマイペースに働いているように見える。
確かにそういうマイペースな感じの男性は素敵に見えるし、モテるというのもよくわかるなぁと思う。

そこまで考えて、ハッと気がついた。

自分の持ち場である空間で、自分の仕事を楽しんでいる人というのは恐らくとても魅力的に見えるのだ。
それはスチュワーデスさんとか看護婦さんの制服が普通の女性を4割増しに見せるのと同じこと。
仕事に真剣に取り組む姿や表情、衣装、小道具、空間がその人にオーラを与える。
ある種の舞台俳優みたいなものだ。

端から単純にそれだけ見ているうちに、妄想が膨らんでしまい、世界中で一番ステキな人に見えてしまうのかもしれない。

ところが、舞台装置を離れると、ようはカウンターの外に出ると、そのオーラは消えてしまう。
妄想が膨らんでいるほど、現実とのギャップは許せないのかもしれない。

その上、カウンターの外にいる彼は、「今日は少しお疲れですか?」と様子を伺ってくれることもないかもしれないし、もちろん彼女のグラスが空いていても気にもしないのではないかと思うのだ。
機嫌が悪い時は、お店と違っていつも微笑んでいるわけでもいないだろう…。

「なんかわかる気がするよ…」と答えたら、「アドバイスないのか?」と聞かれたので、「お店以外の場所で知り合うといいと思うけどね…」と答えておいた。

「だよなぁ…。」と小さくため息。

「でも、店以外じゃさっぱりダメなんだよなぁ…」

自覚はあるんだな‥と思うとなんだかおかしくなって、ますますバーボンが美味しく感じられた。

素敵なバーテンダーさんは、酒の肴に眺めておくだけがどうやらいいらしい…。ちょっと惜しい気もしなくはないけどね。

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