5年日記

2022年2月の終わりから5年日記をつけている。

きっかけの詳細は憶えていないが、おそらくAmazonで日記帳を見かけて始めたのだと思う。
Facebookには、X年前の投稿という過去のその日の投稿が上がってくる機能があって、これが結構便利なのだが、そのために毎日投稿するというのもなかなか億劫。
5年日記なら、この機能がアナログで実現できると思ったのは記憶している。

記載欄は、1日数行分ぐらいしかないので、自ずと書く量に制限があるのが良い。

最初の頃は、その日のハイライト的なものを書いていた。
2月の終わりスタートだったので、毎日確定申告の話ばかりが続いてたり、仕事や家事の愚痴とか犬の様子など書いてあるが、あとから読んでもこの手のことは、あまり思い出せない。

どこかに遠出したとか、友人に会ったとかイベント的な話やは簡単に行き先だけ書きつけてあっても、パッと思い出せて、「これは昨年のこの時期だったのか」と感慨にふけったりしている

地味だけれど、書いていてあとから面白いなと思うのは、季節に関すること。
例えば、今朝の日記を見ていて、2022年は6月6日に梅雨入りしたとか‥を読むと、ああ、今年もそろそろ梅雨入したようなお天気だけれど、いつ宣言が出るのだろうとか、ウグイスが鳴き始めた、地元の直売所にキュウリが出始めたとか、庭の紫蘭が咲き始めたとか(ちなみに今年は全く咲かなかったのは、なぜだろう?)
こういうことが書いてあると、地味すぎて記憶が呼び起こされることはないけれど、季節の巡りみたいなのが感じられて面白い。

逗子のような自然環境に恵まれたところに居るからと思うかもしれないが、逆にこういうのは自然が少ない都会で、通りすがりに見たものを書く習慣があると、季節を感じられる機会が少ないと思いつつ、実はそうでもないんだなと気づける機会になるのではないだろうか。
よく見ていれば、スーパーにだって季節を感じる機会はあるし、自身の洋服選びもそうだろう。

最近は書き方が定番化してきた。
まず、その日の朝の体重と体脂肪率を書き、イベントがあればイベントごと、なければ季節にまつわること、それからその日メインで読んだ本のタイトル(何冊も並行で読むタイプなので、そのうちの1冊を選んでタイトルだけ記入)

ブログをはじめ、SNS投稿やらあれこれデジタルで記録もあるのに、まだ日記まで手書きで必要か?というと、必要性は特にない。
そんなことを言い出したら、そもそもブログもSNSも必要ないと云えば必要ない。

単なる個人的な愉しみ。
必要性とか、生産性とか、そういうものから外れたものばかり好きになる今日このごろ。
これまた歳をとったからなのかしら?

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