2020年12月の振り返り

毎年のことですが、師走というのはあっという間。
特に今年はとても早く感じました。
寒さの苦手な私は、毎年まだ12月なの?まだどれだけ寒いの続くの?と心のうちでぼやくのですが、今年は「このスピードだと冬もあっという間に終わる?」とちょっと期待しています。
時間が流れるのを早く感じるのと遅く感じるのとは、どちらが良いものなのでしょうかね‥。

今月何がうまくいったか?

【真摯に遊べました】

変な言葉のような気がしますが・・・・、うまく表す言葉が見つからず。

基本的に私は自分が遊び下手だな‥と思っています。
遊んでいる最中に「本当にこんなことやってる場合なのか?」ついつい思い浮かび、どうも没入できないのです。
すごく良い映画や音楽を聴いていても、「あとどのぐらいで終わるのだろう?」と時計を見てしまうタイプです。
これは振り返ってみると、子供の頃からずっと続いているようです。

そういった中で、身体を動かす遊びというのは、そもそも私は身体を使うことが苦手なせいか、集中しないとできないことが多くて、これが結果としてその遊びに没頭させてくれるようです。

今月は、三浦アルプスのトレッキング、原美術館の最後の展覧会、金継ぎワークショップ、それぞれとても深く楽しめたアクティビティでした。

トレッキングのような「身体も使う」以外に、金継ぎは手先が不器用なため「苦手なことに取り組む」というのが多分楽しかったのと、原美術館の展覧会は作品そのものも素晴らしかったのですが、もともとこの美術館の建物や庭園がとても好きで、そういう場所にいることで深く入り込めたのではないかな‥と思います。

仕事も家事も勉強も遊びも真剣にやるほうが何でも楽しいんですよねぇ。

Weekly Review – week 50, 2020

Weekly Review – Week51, 2020

今月、何がうまくいかなかったか?

【大学の勉強】

年内に提出予定の課題が出せませんでした。
現在、卒業までに残っている課題の科目は2科目、あとはスクーリング2科目と卒業制作です。
課題の方を出すつもりでしたが、制作手前のアイデアがまとまらず‥。

大半の単位取得して終わっており、来年度1年で卒業はできそうな感じですが、まだまだ勉強したいな‥、卒業しちゃうともうやらないだろうなぁ‥と思うのと、今の状態で卒制作っても入学時に比べて、技術的なものは、ほとんど身についていないのだよなぁ‥と思い、1年休学とか色々と考えているところもあります。

ものの見方や考え方、感じ方などは随分と変わり、大きな手応えは感じているものの、では手を動かして何かを創りましょう‥という部分は、ほとんど成長していない‥というところです。

これはもう圧倒的に手を動かす時間が少ないからだと思うので、ここの時間を増やさないと‥というところです。

12月は、途中から夫と英語オンライン学習のDuolingoで遊びだしてしまい、これのリーグ戦に夫婦ではまり、学習時間を競い合って、1日2時間ぐらいやっていまい、後で考えると本当に無駄だった‥という時間を‥。
英語の勉強自体は、決して悪いことではありませんが、私の中での優先順位としては、かなり下‥というよりも、そもそもタスクにすら入っていないはず…。

この時間に手を動かしていれば‥と、気がついて12月下旬に止めました。

デザインの実技は、できないことが多すぎて、Aを勉強していると、Bができないことを先になんとかしないと‥とか、Cもやっておかないと‥とか、そういうのがまた効率を下げています。

英語の勉強に近いかな、ボキャブラリーが気になったり、文法をやっぱりちゃんとしないととか、いやいやヒアリングできないと何もできないし、発音はきちんとやっておかないとね‥というように、その都度流行りの勉強本や方法に飛びついてしまう‥という、あるあるな感じです。

来月は、ちゃんと手を動かそう‥と決めていますが、さてどういう仕組が一番動くかな‥と考えないと、決意する、頑張るじゃなくて、何を具体的にどうやって、いつ頑張るのか決めないと、意志力を消耗して結果出ずということになりそうです。

今月、何を学んだか?

【正しさについて】

なんだか倫理とか哲学の話みたいなタイトルですが、そう大した話ではありません。

顧問先の取締役会にオブザーバーとして参加したのをきっかけに感じたことです。

どの人が思う「正しさ」も正しいということで、その正しさが他の人と違っているからといって、「正しくない」ということはないんだなぁということです。

簡単にいうと、みんながそれぞれに正しい‥ということです。
人は自分の経験や見聞きしたことをもとに、何が正しいかという自分なりの定義や意見を持ちます。

最近またスマホ依存の危険性について語る本があれこれ出ています。スマホは生産性を下げるという話もあれこれ聞きますし、現実にもそういう面があると私自身も思っています。
一方で、何かの記事で読みましたが、ホリエモンこと堀江貴文さんは、スマホで何でもこなす、無駄な打ち合わせだと思ったら打ち合わせ中もスマホをいじることで、その時間を無駄にしない‥というようなスタイルのようです。

スマホにあまり触らないことで、生産性を上げている人もいれば、スマホを中心に時間のムダを減らし、生産性を上げている人もいる‥ということで、やり方は真反対でも各自にとって、これは正しいスマホとの付き合い方なのでしょう。

その他にも例えば、部下の育成というケースの場合、

Aさんは、部下にはどんどん難しい課題を与えて、チャレンジさせる。そしてできないときはビシビシ怒り、できる人にはどんどん報酬を出す‥という意見。

Bさんは、部下を伸び伸びさせるほうが最終的には自分でものを考えるようになり、仕事へのモチベーションも上がり、成果が出るはず、だから良い部分に目を向け積極的に褒める、他のメンバーとの比較はご法度‥という意見。

おそらく、A氏もB氏も自分が育てられた経験や、自分が部下を育ててみた経験から、こういった考え方の相違があるのでしょう。

相手も正しいけれど、自分も正しい、どちらも正しいという立場で、どちらの考えも否定しないという前提があって、そこから今の時点でどちらの考えを取るのが最適なのか‥という落とし所を探っていく…というのがあるべき姿なのかな‥と。

少し話がそれますが、私は書評欄を目当てに新聞を週末だけ買っています。
朝日→東京/毎日→日経→読売→産経というのが、いわゆる左翼から右翼への順番かな‥と。
(日経は中立な立場というか、経済専門誌なので、ちょっと立ち位置が違うかな‥という印象ですが、一応中間ということで入れておきます)

私は自分を左寄りの人間だと思っていますが、こうやって右寄りの新聞も読むようになって、対中政策とか「確かにそうだよね‥」と思うこともでてきたり、今までは右がヒステリック過ぎる‥と思うことが多かったことも、いやいや左もなかなか、ヒステリックだよね‥と感じたり、左の意見に「So What?(だから何?)」と思うこともしばしば出てきました。

これもどっちが正しいか‥というよりも、自分はどっちを選択してどっちの立場を取るか‥なんだよな‥と思うようになりました。

ここで、「右の人たちは間違っている、わかっていない」・・・とするのではなく、「なるほど、そういう意見もあるよね、でも今の環境だと、私はこっちがいいと思うんだよね」ぐらいで、正しさは人によって異なるという当たり前のことに気が付きました。

相手の考えは間違っていると言い出すと、もう話し合いのテーブルにつけないし、それは話し合いではなく、勝ち負けの力技となりますから、その勝負に勝っても相手も納得しないし根に持たれるだけです。
相手の正しさも、自分の正しさも否定しない‥というのがあって、そこからようやく対話が生まれる‥のではないかと思うのです。

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