傘を干すという習慣

雨に濡れた傘を干すという習慣のない家に育った。

 私の育った家庭は、モノの手入れという考え方がない家だった。
既に亡くなった父は、釣りが好きで自分の釣具は非常に几帳面にしていたが、それ以外はさっぱり。
母は今でもそうだが、自分の衣類の手入れはきちんとするが、それ以外はさっぱり。
 
 ご近所の家が、雨の後に傘を干すのは何度か見たことがあった。
廊下側の窓の策に引っ掛けて、傘を広げてあった。
団地の長く続く廊下のあちこちに傘が大輪の花が咲くようだった。
灰色の廊下に色取りどりの傘が並ぶのはきれいだな‥と思った記憶がはあるが、それ「手入れ」というものだとは、少女時代まったく思っていなかった。

 20年以上前の話になるが某派遣先の職場で、、オフィスで傘を広げて乾かすのは、周囲の迷惑になるのでやめましょう‥という注意が出されたことがある。傘を広げるのは、女性陣の一部で、「すぐ干さないと傘がダメになる…」という愚痴を聞き、それが傘の手入れの方法だということで初めて知った。

 で、そこから傘を干すように…というようなことはなかった。
当時はとにかくバタバタと暮らしていたので、家の中もぐちゃぐちゃだし、手入れ云々以前に傘なんてしょっちゅう失くすし、そもそも何もかもダメになったら、気に入らなくなれば買えばいい‥という考え方だった。

 30代後半に身体をこわして、自分の体力に見合った仕事の仕方をしないとダメなんだな‥という当たり前のことに気がついてから、仕事の時間を減らした。そして気がついたら、傘を干すようになっていた。

 傘を干すようになって、ビニール傘の内側が錆びるのは、仕方がないことじゃなくて、傘を干せば済むことなのか‥ということに気がついた。そもそもビニール傘も干すとすごく寿命が延びる。
 娘がすぐにビニール傘を買ってくるので、我が家には大量のビニール傘があった。
一度まともな3本以外全て捨てて、1本でも増やしたら、年末の大掃除の時期に本人に捨てさせることにした。
傘はしばってまとめ捨てるのが面倒なので、途端に買ってこなくなった。
そもそも必要に応じて折りたたみ傘をもって出かければ済むことだ。

 同居した母は、どこかから傘をもらってきては増やして、こちらはビニール傘ではないので、捨てにくいものだった。
本人に「借りたのなら返してきて‥」と言っても、そもそも面倒くさいことが私以上に嫌いなので、馬耳東風。
「貸してくれた人が返さなくていいと言った「」誰かお客さんがきたときに雨が降ることもあるかも‥」とか、めっきり人を呼ぶことも減ったのに言い出す。
そもそもそのためにビニール傘は3本あるので十分なのだ。
面倒なので、これも本人用の傘を残して捨てた。

 不思議なことに、傘を干すようになってから傘を失くすことがなくなった。
 若い頃、あまりに傘を失くすので、高い傘にすればなくさないかも‥と高い傘を買ったこともある。
失くすのに高い傘も安い傘も関係なかった。
とにかく失くした。。

失くすだけではなく、多分あそこに置いてきちゃったな‥と思うときも、取りに行かない。
とにかく我が家の女たちは面倒くさがりという共通の遺伝子でもあるのではないか‥というぐらい面倒くさがりだし、何よりまた買えば済むことだと思っていた。
「やりたいこと」と「どうしてもやらなきゃいけないこと」以外に時間を使うのが惜しかった。
傘を取りに行くという行為は、そのどちらにも入らなかった。

 傘を干すなんていうのは、まともな人から見たら、手入れのうちにも入らない程度のことだと思う。
でも、私にとってはそれは、「手入れ」であり、「モノを大切にすること」であり、「マメななこと」だ。

 「手入れ=面倒くさい」というのがなくなってきたのは、この傘を干すのがきっかけだったような気がする。
手入れをすると、安いものだろうが高いものだろうが愛着がわくんだ‥ということに気づいた。
逆に言うと、高いものでも全く愛着がなかったのは、手入れをしないし、大事に扱わないからなんだということがわかった。

 愛着がわくから、買い換えるという発想がなくなる。
デザイン的にイマイチかも、ちょっと使いにくいかも…と思っていたものも、デキの悪い子ほど可愛いみたいな発想になってくる。
買い物が減るので、モノが増えない。
モノが増えないから手入れをする時間や気力が残る。

 人は小さなきっかけで、変わるものだな‥と思う。
気がつけば、娘は必要なときは傘を持ち歩くようになり、降ったら出先で買えばいいという考えがなくなったようだ。
 そして、玄関には母の使った傘が干されている。

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  1. 2017.05.17

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