Weekly Review - Week14

今週もまたZoom三昧の1週間でした。
娘夫婦と出産前の食事をしようと言う案もありましたがとてもとてもそんな状況ではなく、こちらはキャンセル。
その分というわけではありませんが、行きつけの飲食店が行きつけの飲食店を支援するためのテイクアウトを何度かオーダー。
新型コロナウィルスの騒ぎが収まったら、好きなお店は全滅してしまっていた‥なんていうのは、なんとしても避けたいのです。

一緒に暮らす家族以外との飲食が難しいので、公園にお散歩がてら、娘夫婦とお散歩し、さらに妹と母とも桜吹雪の舞う公園で落ち合ってお喋り。
桜ももう終わりですね。

【仕事】

ようやく確定申告を提出しました。
今年は提出期間が新型コロナウィルスの影響で延びました。
昨年、暮らしていたマンションの売却があったので、その申告の仕方がわからず少し戸惑いました。
eTaxがリーダーを持たずともWebからできるようになったので、初めて試しましたが、提出が免除になる書類が多く便利でした。

今週は作成したRFP(Request for Proposal)を元に業者さんたちにそちらを説明し、提案を作ってもらうというのが2つ重なり、その後の質疑応答なども色々とあり、かなり忙しい週でした。
初めての業者さんとZoomだけでお話するのは、私自身はそれほど違和感ないのですが、戸惑われる方も多いようです。「名刺交換とかないと、なんか変な感じですね〜」とのお言葉になるほど‥と思いました。

【ミッションステートメント】

ミッションステートメントの見直しをしました。
不要不急のことに取り組む日々になると、なんというか枝葉末節のようなものが取り払われ、自分の幹のようなものが見えてきました。

コーチングセッションでもそういったトピックが多いので、クライアントさんたちに刺激を受けたのかもしれません。
大幅に書き直したわけではりませんが、今の自分により合ったものになり気持ちがスッキリしました。

【瞑想】

このところほぼ毎朝、夫と犬が散歩に出掛けている間に、ラジオ体操と瞑想をしています。
最近は午後の疲れたときにも瞑想をすることがあります。

続けているうちに、自分の行動の一つ一つにものすごく集中している時間が時折現れるようになりました。

2006年に読んだ下記の本に出ていたヴィパッサナー瞑想に近い感じです。
一つ一つの自分の動きにラベリングして実況中継する‥というやつです。これが無意識に起こる。
読んだ当時は、やってみたけれどあっという間に集中力が途切れてしまっていたいのですが、今は突然意識せずにこのモードが短時間ですが現れるようになりました。
なぜそんなことが突然起こるようになったのか、よくわかりませんが、ちょっと面白いなと思ったので、このあたりの本もまた何かの機会に読んでみたいです。

【Input】
Amazon Prime 「Modern Love ~今日もNYの街角で~」★★★★★

NYタイムズのコラムをベースにドラマ化した作品のようです。1話完結で30分という見やすさもよいのですが、New Yorkの風景も軽やかですごく素敵だし、いろんな形の愛があって、単なる恋愛ドラマじゃないところがいい。
ランチタイムに観て、泣いたりするのもそれはそれで何だかスッキリしてお気に入りです。

「降伏の記録」★★★★☆

読みかけになっていましたが、突然読み返したくなり一気に読み終えました。
「2018年:読んだ本 ベスト5」には、こちらと繋がっている「「かなわない」を第5位に入れています。

2018年:読んだ本 ベスト5

どうしてこの本を読むのを途中で止めていたのかは、読み返してわかりました。この人は一作書くたびにどんどん文章が洗練されてきて、それが著者の魅力である剥き出しの感じを弱めていくから、なんとなく違和感を憶えて止めていたのだと思います。

植本一子さんの本やその生き方には嫌悪感を抱く人も結構居るような気がするし、非難する人も多いだろうと思います、それでも書くことでもしないと生きていかれない‥というものがあるんだろうなと感じます。

 

 常にケータイを片手に、誰かと繋がっていないとキツく感じてしまう、いくらメールのやり取りをしたとして、心から繋がれるわけがないのに、とにかく自分で自分を抱えられず、全てを悪い方に考えてしまう。久々に育児をしんどく感じ、あやちゃんに「育児キツイ」と送る。こんなことを言われて、困るだろうことはわかっている。砂鉄さんにもたくさんメールを送り、ただただ心配させてしまう。どこかで頼りつつも、この人どこまでわたしについてこれるんだろう?試しているような気もする。昔の私はそうだった。そうやって、離れて行った人がたくさんいた。たくさんの人に連絡すると、返事をしない人、距離を取る人、言葉をくれる人、いろんな人がいて、そのいちいちに傷ついたり喜んだりしてしまう。自分が不安定な証拠だ。

P201

「わたしのいるところ」★★★★★

どんなストーリーなのか?と聞かれて、説明にとても苦慮する物語です。ただただ淡々と毎日が過ぎていく。ジュンパ・ラヒリが母語ではないイタリア語で書いたという作品で話題になりました。

この作品を読んで、主人公である女性の中にすっぽりと入って物事を体験するというのを味わいました。
道を歩いていて、以前関係を持った男性に偶然会う、そんな場面でちゃんと正面から相手が歩いてくるのが見える、そして家族にあって少しうんざりするのを感じる。家族の息遣いをか近くで感じ、部屋の気温を感じる。
自分自身が傍観者ではなく、作品の中に入ってしまっていたという私には初めての体験をもたらしてくれた本でした。
私がそうういう読み方だっただけで、普段からそうですよ〜という方も結構いるのかな‥。

家ではずっと無言だし、外出のとき灯りやラジオを消し忘れることもあるけれど、自分の時間と空間を自由にできる1人の暮らしがわたしにはありがたいのだと母に言ったとしたら、信じられないと言う目でわたしを見て、孤独は欠乏以外の何物でもないと言うだろう。議論しても無駄だ。わたしが得られる小さな満足など、彼女は理解できない。わたしに愛着を感じてはいるが、私の考え方には関心がない。その隔たりがわたしに本当の孤独を教えてくれる。

P33  自分のなかで

孤独というのは、時々ひどく身体にこたえるように辛く感じることもあるけれど、概ね普段は誰からも傷つけられないという居心地の良いものではないだろうかと心のどこかで思っています。
そして私自身、常に「孤独」の持つ美しさと静けさに惹かれています。
全ての孤独がそうであるわけではないというのは、承知しているつもりなのだけれど、少なくともジュンパ・ラヒリの作品には美しさと静けさがいつも存在しているので、読まずにはいられないのです。

久しぶりに満足度と充実度の高い翻訳小説を読んだ気がしました。そういえば昨年末に書いた「2019年:読んだ本 ベスト5」中に、以下のようなことを書いていました。

2019年:読んだ本 ベスト5

逆に気がつくと随分、読まなくなってしまったのが、海外のフィクション。
こちらはやっぱり物語に入るのと、読み切るのに結構エネルギーが必要で、遠ざかっていましたが、当たり前ですが違う国の人が書いている、違う文化、歴史、生い立ち、常識、価値観みたいなものに、触れるというのは、「旅」という意味では、本当に大きな出会いがある気がします。
来年はこのあたり、少し意識的に増やしたい。

ようやくこの本から、海外のフィクションが読めるような気力が戻ってきた気がします。

「教誨師」★★★★☆

死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師のノンフィクション。
たまたまKindleのオススメに出てこなければ、きっと縁のない本だったと思います。
そもそも教誨師という仕事も言葉も知りませんでした。この本を読んで死刑制度を考えたというレビューが多いようですが、私自身はこの渡邉普相という方の人生の縁や、自分が引き受けることにした運命のようなものへの立ち向かい方に感じる部分が多かったです。
内容として重たい本ですが、グイグイと読ませる力がある本でした。

もともと知能が劣っているようだから漢字は駄目かもしれないと思っていたが、知能が問題なのではなく、両親や教師ら、この男に根気よく向き合った者がこれまで誰もいなかっただけなのかもしれないと渡邉は思った。その「たったひとり」との出逢いにすら恵まれない人生を不運と片付けるのは、何ともやりきれない。

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